地元でありながら一度も見に来たことがありませんでしたが、
一宮市指定有形民俗文化財にも指定されていて、3台の山車が出て良いお祭りでした。
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関ヶ原の合戦の際、徳川氏が今伊勢町馬寄の石刀いわと神社境内に陣を敷いたため、
社殿等が壊され石刀神社は一時荒廃しましたが、合戦の後、徳川氏の命により修復造営がなされました。
石刀祭はその奉祝として山車だし・献馬けんばを奉納したのが始まりとされています。
現在、例祭の神事は毎年4月19日に行われ、これ以後の最初の日曜日に山車からくりと献馬が奉納されています。
かつて山車は5両ありましたが、戦災によって2両が消失し、
現在はいずれも市指定有形民俗文化財となっている大聖車だいしょうしゃ、
中屋敷車、山之小路車やまのしょうじしゃの3両がからくり奉納を行っています。
山車の形式は、上層・中層・下層の3層からなっており、欄間らんまの装飾が異なるほかは同じような屋台の形式です。
3両とも、中層前面に采さいを持った人形(三番叟さんばんそうと称される)があって、
下層は囃子はやし場、上層はからくり演出場となっています。
からくりは、大聖車が「唐子からこの綾渡り」、中屋敷車が「唐子の大車輪」、
山之小路車が「蓮台れんだい倒立などの倒立芸」で、すべて離れからくりです。
出典: 一宮市公式ホームページを参照。
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